歴史を動かすのはイデオロギーか技術か ---- 明治神宮シンポジウム「明治神宮「誕生」の前史を考える:境内と社殿の近世・近代」を終えて。

 歴史学者と議論すると、イデオロギー的な答えを要求されることが多い。前に植民地神社の本を書いたとき、「けっきょく、あなたの研究で「国家神道」はどう書き換えられたのか?」と問われた。それはイデオロギー的な規定をせよ、という意味であって、つまり僕の本にはそれが書いてないではないか、というのである。僕はそういう問いが先行しすぎるために見えていなかったことを書いたつもりですと答えた。境内という環境を、どんな制度の下で、誰が所有し、どんな金を使って、どんな背景をもつ技術者によってつくらせ、管理したか。そういう広い意味での世俗的・技術的な論理が持ちえたであろう社会的作用の効果が、あなたがたが描き出してきたイデオロギーの像とどう異なるかは、そういう問いを発するあなたがたの方でやってくださいと強気に返したりもした(別にケンカしなくてもよいのにバカです)。
 しかし答えはもちろん二者択一ではない。「両方」と答えるべきだろう。でもそれでは答えにならない。重要なのは「両方」がどのように作用するのか、ということである。これはどんな現象を前にしても、だいたい突き当たる問題だ。
 あえていえば、それは順序の問題かもしれない。たとえば利害調整だとか財政制度だとか工学的な合理性だとかの組み立てが実効性ある技術体系をつくり、それが制度化され、事後的にそれが理想化され、イデオロギーに転化すると、むしろイデオロギーのまわりに技術が動員されていく事態さえ生じる、というようなことである。
 およそそのようなことを、今回のシンポジウムでも考えることになったようだ。
 主題は「禁足」「復古」「標準」であった。「禁足」は人の介入を排除すること、つまり「自然」の問題で、1920年代以降の神社境内造成では生態学的知識に基づいた美学としての「自然」が理想化されたが、三輪山のように17世紀にすでに「禁足」を定めているところがあるではないか。社殿建築の「復古」は伊勢や出雲などをはじめとしてやはり17世紀以来の歴史過程があるが、とすれば明治以降の「復古」はそれとどう違うのか。明治政府は社殿の「制限図」を定めたが、古代にも近世にもある種の標準や規準があったではないか    というようなことを問題設定とした。
 是澤紀子さん、加藤悠希さん、青木祐介さんに、上記3つのキーワードのそれぞれをめぐって発題をいただき、光井渉さん、畔上直樹さんにコメントをいただいた。このなかでは畔上さんだけが歴史学というちょっと申し訳ない構図ではあった。光井さんが制度技術的な観点を重視しつつ見事な論点整理をしてくださったこともあって、いきおい上述のような対立が浮かび上がり、ダイナミックに視角が開かれていくのは刺激的な経験であった。明治神宮史研究会としても新しい空気だったと思う。僕自身も明治神宮史研究会では技術的問題を扱えていなかったので大いに反省した次第。企画者の自画自賛ではいけないが、よいシンポジウムであった。

明治神宮シンポジウム「明治神宮「誕生」の前史を考える:境内と社殿の近世・近代
日時:平成27年10月24日(土) 午後1時00分〜5時00分
会場:明治神宮社務所講堂

プログラム
趣旨説明 青井哲人明治大学理工学部准教授)
主題解説

  • 是澤紀子(日本女子大学家政学部准教授)「近世神社の境内と自然―三輪山禁足地の近代化をめぐって―」
  • 加藤悠希(竹中大工道具館研究員)「近世・近代の伊勢神宮における復古意識」
  • 青木祐介(横浜都市発展記念館 主任調査研究員)「制限図の成立と神社古制保存−明治初期の神社政策より−」
コメント
全体討議

 明治神宮史研究会および関連する科学研究費の研究グループ(代表藤田大誠)では、数年にわたる研究成果を藤田大誠・青井哲人・畔上直樹・今泉宜子編著『明治神宮以前・以後』(鹿島出版会、2015)として刊行した。「近代日本において国家的・公共的存在とされた神社。変貌してゆく都市や地域社会のなかで、それはどのような機能や特質をもつ空間として期待され、いかなる環境・風致・景観が創出されようとしたのか    。大正時代の明治神宮造営を大きなメルクマールと捉え、神道史、建築史、都市史、地域社会史、造園史などを横断しつつ、神社境内の環境形成をめぐるダイナミックな構造転換を描く。」(同書トビラ)
 同書は主として明治以降の歴史的展開のなかに、神社をめぐる物的な環境形成の大きな転換点として明治神宮を位置づけるものであったが、しかし、さらに遡って、近世から近代への移行に目を向けてみると、この転換点の特質は相対化されてくるのではないか。
 たとえば、明治神宮の社殿建築にはある種の復古意識をうかがうことができるが、社殿建築の復古には少なくとも17世紀以来の歴史がある。また明治神宮神苑における生態学的な森の理解は、近世における禁足地と無縁といえるのだろうか。  本シンポジウムでは、こうした視座から、神社の境内や社殿が近世から近代へとどのように変質するのかに焦点を当て、そのことによって明治神宮史研究のありうべき問題系を新たに取り出すことを目的としたい。

主催 明治神宮国際神道文化研究所
共催 明治神宮史研究会
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