新国立競技場「白紙」化。重要なのはこれからです。

個人的には(よほどのことがないかぎり)たぶんないだろうと思っていた新国立競技場の設計の「白紙」化が、安保法制がらみの政治的意向によって(と思われるのだが)、ついに現実になった。


ひとつ前の記事で少し書いたように、新国立競技場の事業では、問われぬままの「公共」という空虚な器に、過剰な要求が突っ込まれてスタートしました。そのあたりの具体的な思惑と論理は、たぶんこんな感じだったのではないでしょうか。

1) 世界一のスタジアムをもつ世界一の首都東京でありたい(あの日韓共催FIFAワールドカップのように、国立競技場が一度も使われないなどという屈辱は繰り返したくない)。
2) ターゲットとして意識すべき最大の国際スポーツイベントは、オリンピックとFIFAワールドカップである。しかるに後者のメインスタジアムに採用されるためには8万人の客席を持つ必要がある。
3) そんな規模のスタジアムをつくるとスポーツイベントは滅多に開催できなくなるので、維持のためには音楽イベントを頻繁に開催して収益性を担保しなければならない。そのためには開閉式屋根が必要だ。
4) 見た目には海外オーディエンスにも受けるTV映りのよいアイコンが必要だが、一方では高度な技術力も誇示したいものだ。いや、そういう考え方でいけば無謀なスペックもかえって乗り越えたハードルの高さとして誇れるじゃないか。
5) それでは、以上のことをしっかり実行すべく、有識者会議の委員構成や、コンペの要項などの建付けを決めようではないか。

だいたいこういうことだったのではないかということは多くの人が推察しているところではないかと思われます。有識者会議がなぜスポーツと音楽の関係者で構成され建築専門家は一人だったのか、コンペではなぜデザイン監修者なる曖昧な役割をパースだけで選ぶことにしたのか、そのパースはなぜサッカーと音楽イベントを描かせたのか・・・。しかし結局は、政治的な意向によってセットされた出発点の無謀さが、施主のマネジメント能力の低さゆえに一連の混乱となって露呈してきたのがこの間の経緯であり、最終的には支持率低下を気にした政権の意向によって「白紙」化という顛末。要するに、狭義の政治にはじまり、狭義の政治に終わった。そのあいだの実行機関のすべてはきわめて技術的にのみ扱われ、専門性の起源たる公共性への矜持も、本来の政治プロセスもなかった。


さて、ここから先が重要です。下村大臣の言によれば文科省はコンペ再実施の方針らしい。最初のコンペを否定するのだから、当然ながらコンペやり直ししかないですが、その思想と方法が大事。以下、提案です。

(a) 上記 2) のFIFAワールドカップのメインスタジアム基準は、当ブログでも再三とりあげてきたように、他ならぬFIFAによって緩和の方向で議論されているはずで、2026年大会では6万人程度になる可能性もある(→The New Age 開くのに時間かかるが待たれよ)。ここはよく調べてほしい。さらに、一部を仮設スタンドとする可能性もある。これらによって規模はひとまわり小さくできる。
(b) 次に、ザハ・ハディドのコンペ応募案にあったような、都市的な提案を積極的に求めること。とりわけ、歩行者・ランナー・自転車などの視点から良好な環境を整備し、スポーツを日常的なアクティビティのレベルでこそ活性化させること。そして、イベント時の観客が四方の色々な駅を目指して効率よく散ってゆくことができ、その人々が酒を酌み交わして余韻を楽しんでから帰路につくといった、防災性と都市生活の豊かなイメージをしっかり持つこと。
(c) 設計体制については、監修+設計という二階建ては責任の所在を曖昧にすることがはっきりした。フルオープンのコンペとすべきだが、海外の建築家や若手建築家が採用された場合をはじめとして、技術的・制度的な面で万全を期すため組織設計やゼネコンのスタッフと組み合わせたアドホックな組織構築などの工夫が必要だろうが、どんなかたちであろうと権限と責任を明確にすること。

主旨は、(a)で規模を絞り、プログラムをできるだけ抑え、同時に(b)のような都市的提案の余地をつくり、(c)そうした公共的問題ついて提案能力をもつ建築家に明確な責任を与えよ、ということです。上記1)や4)のごときナショナル・プライドは、都市的成熟という方向において、今日のツーリズムの自律分散化の傾向もよく踏まえて、世界にアピールすればよいのではないでしょうか。

最後に「白紙」化について。この決定が招く様々な問題も大きい。しかし、ズルズルのままで進まなかったことは、一応よしとしたい。その地点からみれば、槇文彦氏の指摘にはじまる一連の反対運動も、その他の言論活動の果たした役割も、評価すべきだと思う。たとえ「白紙」化が政治的判断だとしても、世論は国民のものだし、そこに少なくとも様々な参照すべき情報や考え方を提供する役割は持っていたはずだからです。そして、ここから先でこそ、これまでの議論が真面目に参照されるべきでしょう。