エアポート(永遠に失われたと思っていた前のブログの記事20051224も引用)

(前略)エアポートは、その名を冠している都市から驚くほど遠くに離れて位置しており、われわれ人間はパスポートというたった一枚の無に等しい証明によって、主体としての奇妙なあり方を厳密に検閲され、かつ身分を保証され、ほんらいは存在論であってしかるべき自己の自己たる奇怪な条件を経験し、完全なる他社との遭遇も味わう空間なのである。(多木浩二『都市の政治学』1994)

交通ネットワークや国家の存在が経験や主体のありようを変質させるという議論。
むかし(2000年だったかな?)キューバからトリニダード・トバゴへ行くのにカラカスで乗り換えなきゃいけないのに、キューバ発の飛行機が大幅に遅延したために次に乗るはずだった飛行機に置いて行かれ、航空会社の負担とはいえカラカスのホテルに一泊缶詰にさせられたことがある。驚いたのは、空港でパスポートをとりあげられ、入国手続なしに市中のホテルに連れて行かれたことだ。航空会社が手配したタクシーの車中も、ホテルの室内も、すべてエアポート内部のどの国でもない場所(nowhere)の延長に感じられた。現実にはベネズエラ国内にいるのに、自分の身体のまわりだけに、特定の国であることを留保されたエアポートの空間が延伸してまとわりついてくる。その実感はとてもはっきりとして強いものだったし、それをつくり出している構図も明晰だった。パスポートが主体のありようを決めるというのは事実である(しかし、もしタクシーがまっすぐホテルに行かなかったらなどと考えると本気で怖かった。nowhereにいる僕がちゃんとベネズエラに居る人に襲われたらどういう事件になるんだろうとかマジで考えた)。
あと、むかしこんなこと(↓)があった。普通A国で出国手続を済ませると、A国エアポート〜機内〜B国エアポートの間はnowhereがチューブ状に連続しているのだけど、一度だけ、nowhereに入ったこと自体をキャンセルされたことがある。

[semi@aoao, 2005年12月24日のエントリより]
20051224_centrair参りました。記録的な大雪。
朝8:30に到着した中部国際空港をあとにしたのは、夕方5:30だった。
開港以来初の滑走路閉鎖とのことで、航空会社(某日本航空)の対応も悲惨。こういう場合は飲み物や食事を出すタイミングというのが習慣的にあるのだけど、正午をまわり、2時過ぎになってようやく、よく冷えた中華風焼きそばが出てきた(出国後の空間にまともなレストランはない)。
色々、教えられた。「アクシデントを利用せよ」(ビリーのグッドアドバイス/acetate)というのとはちょっと違うのだろうが、写真もとりまくったし、空港や航空会社の脆さとか、考えたこともない空港の構造を知った。
欠航が決まり、出国取り消しの手続きが開始されると日本人はさっさと帰ってしまった。飛行機が飛ばない以上、空港と航空会社は、客をチェックイン前の状態にすっかり戻さなければならないらしい。空港の出発ロビーというのは、「どの国でもない場所」だから、客はそこから日本国へと「送還」されるのである。まず入国審査を通って、出国スタンプの上に「出国取消につき本証印を撤回する/VOID」というスタンプを重ねられる。出国審査と入国審査は別のフロアにあって普段は異国経由で結ばれているのだが、それを短絡するバイパスがちゃんと計画されている(まあ別にどうということはなくて、本来は飛行機に乗るところを、まるで降りてきたように反対方向に進めばよいだけなのだが、何となく興奮する)。それで、まるでいま帰国したみたいに、ベルトでぐるぐるまわっている荷物も自分で受け取り、税関の担当官に「おつかれさまでした」などとやさしい言葉をかけられながら普通に追い出されるわけである。

実は前につとめていた大学(人間環境大学@愛知県岡崎市)で2004年5月から2009年新春まで書いていたブログが、大学サーバ内に領域をもらって運営していた関係で、放置していた僕もバカなのだが、気づいたら削除されていた。それでサーバを管理している先生(前同僚)に問い合わせたら、ごめんね、でもこんなサイトがあるよ、と「wayback machine」というのを教えてくれた。訪ねてみると消えたはずのブログが複製されているではないか。知らんかった。気持ち悪いやら嬉しいやらで、ちょっと記事を復刻してみた次第。
残念ながらロボットによるアーカイビング作業には漏れもあって、たとえば上の記事も、その「つづき」が欠落している。たしか、空港から追い返された後、入手できたチケットは翌々日のものだったので、自宅でのんびりできる1日のプレゼントをもらったような気分になり、家族で雪だるまをつくったのであった(健忘症の僕も断片的な記録があれば多少は記憶が引き出せるというもの。ありがたいなー、涙、合掌)。