大学院設計スタジオ2 「神山スタジオ」:9/3プレゼミ+9/8〜12神山合宿(中間報告)

 大学院建築学専攻(生田)の実習「設計スタジオ2」は、2015-16年度の2年にわたり「神山スタジオ」とすることになった。担当教員は、青井哲人(専任准教授/科目幹事)+伊藤暁(兼任講師)がコアだが、今年は園田眞理子(専任教授)先生にも指導いただく。伊藤さんとはSDレビュー2013で知り合い、以後も色々お世話になっているのだが、この授業については青井から伊藤さんにお願いをして兼任講師としてお迎えした。


 神山スタジオ2015年度の主題は、「ヴァナキュラーなもののテクトニクス」。ちょっとタイトルいまいちだったかなという気もするが(いやそんなことない!)、要するに民家とそれを取り巻くヴァナキュラーな環境世界の組み立て(=織り上がり方)を実測を通して観察・分析し、そこに介入する設計方法の今日的な可能性を考えていこうというもの。
 神山町はこんな課題に一定の現実味をもって、なおかつステロタイプに陥らない開放的な自由を失わずに取り組むことのできる稀有なフィールドだ。順調に進む過疎(高齢化率はすでに46%、現在の人口6,000人は2040年には半減の予測)と、多様なタレントのもたらす創発性のレイヤーとが、ともに不思議な明るい包容力をもって共存している。

9月3日:丸一日プレゼミ。履修者と教員との最初の顔合わせは猛烈な勉強と議論。これもSDレビュー2013のひそみにならったもの(入選者の皆さんと塚本由晴さんと青井とで12時間くらいゼミをやったのが本になっている)。履修者19名には以下の4冊を課題図書として事前に指示していた(青井と伊藤さんとで選書)。

  • K・フランプトン『テクトニック・カルチャー:19-20世紀の構法の詩学
  • 陣内秀信『都市を読む:イタリア』
  • 秋元馨『現代建築のコンテクスチュアリズム入門』
  • R・コールハース『Mutations』

 これらを4〜5人1チームで分担して読み、レジュメを切って45分間で発表し、約1時間かけて教員・学生間で不明点を明らかにしつつ展開可能性をさぐるディスカッションを行う。これで、「テクトニクス」「タイポロジー」「コンテクスト」「ミューテーション」の4つを凝縮して学び、これら鍵概念の周囲に広がる様々な言葉とともにいちおう全員で共有したわけだ。よいゼミだった。
 というわけでいよいよ合宿。


9月8日:神山合宿第1日
 前日夜に全メンバーが合宿先のキャンプ場コットンフィールドに集結。教員2名(翌日1名合流)、アシスタント3名(M2)、履修者19名(M1)の計25名。
R9284342 朝8:30に出発して「神山バレー・サテライトオフィス・コンプレクス」へ。これは町の施設だが、グリーンバレーが運営。諸方面の協力のおかげで、今回、明治大学理工学部としてこのシェアオフィスにサテライトオフィスを置き、そこでの活動について徳島県から補助を頂くかたちをとることができた。この広々とした24時間使用可能なオフィスが我々のスタジオとなったのである。さっそく、新聞各社とTVの取材が入った(おかげで翌日以降、明大といえば神山ではちょっと知られた存在になった)。
 1日目は翌日以降実測させていただく民家4軒への挨拶と下見。その間に伊藤さんのお仕事である「えんがわオフィス」や「WEEK神山」(近作しかも傑作!)などを見学させていただいた。全行程を全員で共有。
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 夜はコットンフィールドにてバーベキュー。いまや全国に名を馳せるグリーンバレーの理事長大南信也さんや町役場の高橋さん、そして実測させていただく民家にお住まいの方々が来てくださり盛り上がる。
 そして課題発表。「神山町×図書館」。神山のユニークきわまりない動きのほとんどすべては民間ベースで、つまりビジネス(=ライフスタイル)の新しい展開が創発的につくり出してきたものであったが、過疎地における公共サーヴィスの維持といった問題は実は手付かず。そこでこれまでの動きを捉えつつ、いまだ神山町がもったことのない公共施設である図書館をもし整備するとしたらどのようなかたちがありうるのか、そのスキームを提案する。町域は広く、高齢化が進む以上、その図書館は分散型となるだろう。ならば、その具体的なケーススタディとして実測対象の民家(とその環境)を図書館(の一部)に再編するための建築的介入の方法を提案する    こういった課題である。さっそく4つの班が編成され、翌日以降は班別に調査・提案・設計を進めていくことに。


9月9日:神山合宿第2日
 心配された台風は四国からはそれた(が、東海・関東地方等に甚大な被害をもたらしたことを私たちも次第に報道で知ることになった)。学生たちは班別に朝から町内に散り、民家の実測調査。
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↑民家A:農家(寺田さん宅)茅葺き屋根、伝統的な型(寺田さんの手で改修中)
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↑民家B:農家(本橋さん宅)瓦葺き屋根、やや近代的な型(右の写真は納屋+車庫)
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↑民家C:町屋(山口さん宅)川沿い斜面地に立体的に展開する型
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↑民家D:町屋(岩丸さん宅)長屋建ての借家の型

 いずれもタイポロジーの観点でみれば町内に類例をたくさん持っているのがポイント。学生たちは7月に江戸東京たてもの園で実測練習会は行ったものの経験不足だろうと思っていたが、実測図は全般に水準に達しているし、とてもよく描けているものも少なくない。誤りも指摘すればすぐ理解する。また実測に没頭しつつも建物の構造、増築プロセスの読み取りに格闘。そのためには、建物そのものの読解と、他例を含めたタイポロジカルな合理性にもとづく判断が必要と示唆。
 建物・環境の成り立ちにもっと迫りたいという学生たちの欲求は3日目以降もほとんど止むことはなかった。
 この日は役場の高橋さんが教員・アシスタントの6名に実家を案内してくださる。堂々たる構えの農家だ。明後日に実測させていただくことに。
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9月10日:神山合宿第3日
 3日目は、ほぼ実測を終えた学生たちの頭に、こんどは提案に向けた背景的知識をインプットする日。
 10:00〜12:10 大南信也氏(グリーンバレー理事長)レクチャー。軽妙な語り口でずしんと響く素晴らしいレクチャーをしてくださった。人間の専門性・関係性・寛容性・ネットワークや制度突破のスキルといったソフトウェアを初期の様々な試行錯誤を通して構築。今日ではこうしたソフトウェアが次々に創発的に小さな出来事や事業を増殖させ、さらに新たな人間を巻き込んでいくような段階に至っている。情緒・感傷を含まないドライで幅広い視野を持ち、その視野のなかに描かれる無数の潜在的可能性のどれかが次々に実を結んで新たなパスをつくり出していくのを楽しんでおられる。弧を広げ百本の垂線(オプション)を描き、それらをアミダクジ状に結合したり横断したりしながら進み、最終的に円の中心(ゴール)に至る、というイメージには恐るべき喚起力がある。
 13:30〜14:45 駒形良介氏(神山町教育委員会)レクチャー。神山町の人口や公共施設等の概要と、地方図書館の可能性と事例、そしてご自身の神山町図書館の「空想」についてお話をうかがう。過疎化の進む中山間地域における図書館の展開可能性とその困難など、貴重な視点をいただいた。
 いずれのレクチャーでも学生たちはよい質問をぶつけ、豊富なヒントを得たはず・・・だが、学生たちは再びフィールドに向かう。
R9284485 夜のミーティング(@サテライト)は班別に教員とのディスカッションとした。どの班も、サイトとアクターの強い個性に引きずられ、ナラティブをプログラムに直訳したというべき提案が目立つ。上位の階層(ジェネラルなレベル)から落としていく発想が弱い。ひとつは神山町×図書館という課題をどう解くかのスキームの検討、もうひとつは民家(と環境)のタイポロジーへの観点がいずれも甘いのである。「テクトニクス」「タイポロジー」「コンテクスト」「ミューテーション」の4語を思い出させる。要は一般性と特殊性、全体スキームとケース・スタディ、さらには観察された知見の反復・延長とその変異・変形といった、異なるレベルを立体的につかまえることができていない。
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3日目の食事は農村環境改善センターの調理実習室にて自炊。生姜焼きと味噌汁、うまかった。

9月11日:神山合宿第4日
 学生たちは今日も朝からフィールドに散った。よほど現場が楽しいのだろうか。焦りながらも実測やらタイポロジー調査やらにズブズブはまっている。まあ面白いものは面白いのだから仕方がない。教員は午前中にHidden Library、寄井座、寄井長屋を見学。
R9284516 13:00よりアシスタントのM2女子3名が高橋邸の実測に向かう。教員はサテライトにて班別のディスカッション。学生たちはタイムテーブルに従ってフィールドから戻ってくる。提案内容についていえば、依然として敷地と住人のナラティブをプログラムと混同している班が多い。明日の中間講評会が心配だが、しかし皆よい顔をしてるなー。

9月12日:神山合宿第5日(合宿最終日)
10:00、いよいよ神山スタジオ中間講評会。合宿編の成果が問われる。1) 神山町×図書館のプログラム提案(鍵を握るポイントと説得的なスキーム)、2) そのケーススタディとしての実測対象民家への建築的提案、3) そこにフィールドワークから得られたことがどう絡むか。これらの要点をはっきり説明するように指示。
 県・町の方々の出席および新聞・TVの取材あり。寝ていない学生も多いが皆しっかり発表した。伊藤さんと青井とでコメント。以下僕なりの要約。

A班:マイクロライブラリー分散型。全体スキームは視野の中心には置いていないが今後検討すること。農家の建物構成のタイポロジカルなリサーチは優れているので、そこにプログラムを被せて変異させる検討を多数行う必要あり。多数の案を練る(走らせてみる)ことで進むべき道が見えるはず。
B班:階層ネットワーク型。県立図書館のニッチ分野を肥大させたスペシフィックな図書館を考え、中心都市と中山間地域とで公共施設経営を連携・分担する構想は面白い。このスキームの検討から説得的なプログラムを導くことが重要。家屋の縁から着想されたアノニマスな廻廊が複数の棟を巻きつけるようにつなぐ方法も明快。環境を広く意識するとさらによくなる。
C班:コミュニティ型。町中心部から離れた上分地区の特性に着目。人口に見合ったスペックを検討してプログラム(仕様)を定めること。テクトニクス、タイポロジー、コンテクストのリサーチはよくできているので、論理的なプログラムをそれらに合理的に重ねたときに生じる緊張を大切にすること。
D班:センター展開型:寄井という小中学校の立地する町中心部の立地であるためセンター(ゲート)と位置づけるが規模貧弱。ゲートとしての位置付けは町民には不要だし、来町者からすればゲートから各地区図書館に行く動機が不明で、全体スキームの検討が弱い。長屋は断面のレイヤー状構成が特徴的であり、これを広い視野で捉え、活かしきる設計を進めるべき。方向性はいくつかありうるので複数案のスタディを。
M2(アシスタント):ツーリズム型。町内に存在する業界団体やその他の民間団体が行政と連携して図書館をツーリズム拠点として展開するといった発想。ここまではドライだが、そこから先は徹底的に利用者に物語を提供する設計にシフトするというのも興味深い。

R9284523 講評終了後、県・町の方々からコメントいただき、総評を終えて、12:20に解散。合宿(神山スタジオ前半戦)終了。夕方まで残る伊藤さんに手を振ってサテライトを出発。レンタカー返却後はそれぞれ家路もしくは旅路についた。
 まずは大変楽しく、有意義な合宿だった。実測をさせていただいた方々、町の方、県の方、グリーンバレーの大南さん、宿泊先のコットンフィールドさんはじめ実に多くの方々にお世話になり、感謝の言葉もないが、こうした諸関係を少なくとも数日かけて経験しないかぎり、神山で起こっている一見不思議なことどものリアリティはつかめないだろう。かくいう私も、いまだにすべてが腑に落ちたわけではないが、その不思議さはそのままにかの地のリアリティと我々とがすでに互いを巻き込む関係にあることは事実であり、その関係のなかからでなければ神山は理解できないのだろういうことが少し分かってきた。
 神山と徳島のみなさん、伊藤さん、アシスタントのみなさん、ありがとう。
 学生の皆さん、後半の設計編もごりごり楽しくがんばっていきましょう。

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