愛と哀しみのル・コルビュジエ




市川智子『愛と哀しみのル・コルビュジエ』(建築文化シナジー、彰国社、2007)はよいです。とてもよいです。


個人的な話で恐縮ですが、この十年くらい、どうも建築からは離れていくというか、無名なものの組成とそこに見いだされる時間の問題にどーっと傾いていて、個人的キャパの限界もあってそれ以上のことがなかなか出来なかった。むろん重要だと思うからそうしてきたのだけれど、これが本当に建築をつくるという意思的営為の問題へとつながっていくのかどうか不安もある。


市川さんはル・コルビュジエという「名」をもう一度、固有の身を持った人間へ、そして(同じことの表裏だが)彼の施主や共同者、あるいは建築を解さない奥さん、はたまた奥さんと同じくらい謎めいた異国の土地や人々や・・・といった他の固有のものたちとの諸関係へと解体しつつ再構成している。僕はとくにペサックとクセナキスのところが好きだ。しかし全体にわたり大変な量の研究、それを咀嚼する努力と責任感、そして優しいセンスを感じる。だから1日で読めるのに、ぐいぐいと背中を押され、胸が鳴る。


僕もしかるべき場所を往来しつつきちんとした仕事をし続ければよいのだと思ったりして、何やら御礼めいた賛辞をしたためる次第です。