book

The Crescent and the Sun: Three Japanese in Istabul

イスタンブールから昨日届きました。前にご紹介した展覧会の図録。なかなか重厚です。

建築雑誌201102・特集「建築論争の所在」

『建築雑誌』2011年2月号が届いた。毎年2月号は前年大会の概況報告が掲載されるので特集はややボリュームが小さくなるが、今回は小特集「建築論争の所在」。近代日本の建築論争は、それぞれの時代の(顕在的・潜在的な)建築論がそこに向かって対立の束とし…

『スラムの惑星』(2010)と建築雑誌201101特集「未来のスラム」のレヴューを書いた。

10+1 web site 「2010-2011年の都市・建築・言葉 アンケート」に(遅ればせながら)答えて、マイク・デイヴィス著(酒井隆史監訳、篠原雅武・丸山里美訳)『スラムの惑星──都市貧困のグローバル化』(明石書店、2010)と『建築雑誌』2011年1月号特集「未来の…

書評:『韓国近代都市景観の形成:日本人移住漁村と鉄道町』

『図書新聞』2999号(2011.1.29付)に、下記の本の書評を書きました。 布野修司・韓三建・朴重信・趙聖民『韓国近代都市景観の形成:日本人移住漁村と鉄道町』(京都大学学術出版会、2010) この本については前にもこのブログでふれたことがありますが(これ…

怒る人/見せしめの人々/逃げる人/戦く人々/諦める人たち/亡霊たち

松山巖『まぼろしのインテリア』(作品社、1985)を読んだ。1981〜85年に書かれた文章をほとんど書き直して一冊にしたもので、よく知られた処女作『乱歩と東京』(パルコ出版、1984)につづく二冊目。不覚にして僕は初めて読んだのだが『乱歩と東京』よりず…

『建築雑誌』2010年12月号・特集「平城遷都1300年考」とどく。

市川智子さんイラストの東大寺転害門が揺らいでいる。そしてページを繰ると何と10ページにわたる「平城京九相図」が・・・。市街地の変容に散りばめられた民俗誌的ノート、そして手前に描かれる東大寺大仏殿・南大門・転害門そして法華堂(三月堂)・二月堂…

2002〜2003連載「建築雑誌アーカイブス」全24回記事リスト

そのむかし、2002年1月〜2003年12月の2年間、『建築雑誌』の連載2ページを持たせていただいたことがあります。広告ページの後、一番最後の最後にページをもらったので、2年間まったく気づかなかった方もいらっしゃるかもしれませんが僕としてはかなり時間と…

砂本文彦氏の「学界展望・日本近代都市史」/都市史・都市論の基本問題について

もう1ヶ月以上前になると思うが、建築史学会のジャーナル『建築史学』が送られてきて、すぐさま砂本文彦氏の「学界展望 日本近代都市史」(『建築史学』55号、2010年9月)を拝読した。かなり思い切った研究状況の整理がなされており、緊張感をもって興味深…

雑誌『すまいろん』(住総研)秋号届く/夏号特集「動くすまい」の感想・元倉眞琴氏・安藤正雄氏

今号もまず表紙見返しの「日本の集落の30年」がすごい。今回は兵庫県豊岡市城崎町「楽々浦(ささうら)」の舟屋とその今日の姿。30年前と今日の二枚の写真のあいだをつなぐプロセス、つまり「時のかたち」を想像する力というのかな、そういうものこそ建築と…

「早い歴史化」を迫ったものは何か

本多昭一『近代日本建築運動史』(ドメス出版、2003)を読む。重要な資料が豊富に紹介されておりたいへん勉強になった。ただ、著者は大学闘争後「新建」の運動当事者で、随所で丁寧な批判的検証がなされた好著であることは間違いないのだが、本書全体として…

さるお方から拝借して『風声』『燎』を読む:1976年・何が終わったのか。

風声同人は当初7名。前川國男・白井晟一・大江宏・岩本博行・武者英二・神代雄一郎・宮内嘉久。雑誌『風声(ふうせい)』(1976〜86、全20号)を出した。白井、つづいて前川が亡くなった翌年から大谷幸夫・永田祐三が加わり、誌名を『燎(かがりび)』(87…

『京城トロイカ』、植民地下朝鮮半島の街と住まいも。

安載成著(吉澤文寿・迫田英文訳)『京城トロイカ』(同時代社、2006)を読んだ。日本植民地支配の後期から解放後にいたる間に活躍した社会主義運動家たちを描いた小説である。 「さあ、この死に際に立った老いぼれから何を知りたいのですか」 植民地下京城…

篠原一男『住宅論』より抜き書き

先日(8月29日(日))、雑誌の取材で逗子のある住宅を訪れ、設計者の久野紀光さん・会田友朗さんと楽しい議論をさせていただいて大いに刺激をいただいたのだが、その折に、お二人に篠原一男『住宅論』(SD選書、1970/2000)についてとても大事なことを教え…

出来上がりました。『すまいろん』2010年夏号・特集「動くすまい:流動的都市の原風景と未来」

私が責任編集を担当させていただいた特集が出来上がりました。まだ公式サイトの情報が更新されていませんが(→更新されました)、すでに各所に届きはじめた頃かと存じます。本日、某雑誌編集者と某映画監督のお2人が研究室を訪ねてこられたんですが、『すま…

第5回明治神宮史研究会+第1回神社と「公共空間」研究会

が、昨日、渋谷の国学院大学にて行われました。10月末には明治神宮講堂にてシンポジウムを開催する計画もあり、問題提起に重きを置きつつ最初の中間報告をし、南のクニよりさる御仁をお招きして討議するかたちになる予定です。9月に入ったら告知できると思い…

トウキョウ建築コレクション2010の本届く。

3月に行われた今年のトウキョウ建築コレクション2010では、僕はプロジェクト展のコメンテーターをやらせてもらいました。そのときの報告はこれとかこれに書いたので参照ください。本を読んでもあまり分からないと思いますが総括座談会の方では色々の理由でち…

代行者としての人間

というコンセプトがクリストファー・アレグザンダーの『形の合成に関するノート』(Notes on the synthesis of form, 1964/稲葉武司訳、初版1978)に出てくる。自覚されてしまったデザインという領域が立ち上がる以前(必ずしも年代記的な前後ではなく、い…

ノン・ヴァーバル・コミュニケーションとシャボン玉理論

コミュニケーションには、ヴァーバル/ノン・ヴァーバル(言語的/非言語的)のふたつがあるとG・ベイトソンは書いている(『精神の生態学』)。後者はジェスチャーや表情や目の動きみたいなもの(ただし2本指で数を示したり手でバツをつくったりする記号表…

民衆駅を知っていますか。

雑誌『東京人』の巻頭エッセイとして「民衆駅を知っていますか。」という短文を寄稿させていただいた。 僕自身は、先般の坂倉準三展で渋谷・新宿・難波を中心にいくつかの駅ターミナルの形成過程にふれた経験を通して、「民衆駅」の存在に注目することになっ…

「ものけん」(知る人ぞ知る)の記録本が出来上がりました。

私が前任地である愛知県岡崎市の人間環境大学にいたのは2002〜2007年度の6年間でしたが、2004年にきっかけがあって学生たちに呼びかけ、集まった6名で「ものけん」なる集団を立ち上げました。岡崎はじめ西三河一円のものづくりの現場と人を取材する集団です…

あの“三富”に行ってきた。

元禄期、川越城主時代の柳沢吉保によって開拓された三富(さんとみ, さんとめ/現・埼玉県所沢市)に今日(0626sat)行ってきました。幅約40m、奥行き数百m〜1Km程度の短冊に、屋敷と屋敷林と農地が一定の配列をとり、それが地域一円を構造づけると同時に、お…

時代に“なめす”ということ。

雑事に追い回されてやるべきことができないなどと言い訳をしても仕方がなく、大学教員とは何者であるのかを大局的に考えしかるべく身を処せと、僕もそう思う。同僚の某先生が私によくそう忠告してくださる。かけがえのない忠告だからこそ、引き裂かれつつ悶…

1971年『都市住宅』誌 年間テーマ〈セルフエイド系の発見〉

71年度〈都市住宅〉の年間テーマは、〈コミュニティ研究〉から〈セルフエイド系の発見〉にひきつがれる。ここで私たちは、創刊以来追ってきたいくつかの暗流を、ひとつの意識の光において辿りなおすことになるだろう。 最初に自覚しておくべきことは、このよ…

決定論は存在しない。

建築の歴史においては厳密な決定論は存在しない。選び出された発展の厳密な評価が歴史家の手で示され得るのは、ただ、彼らがその出現の過程をすべて把握しており、ゆえにそれを定型として見なすことを可能にすべく、さまざまな事例の連続性を合理的に説明し…

fixture / fitting

三好登『土地・建物間の法的構成』(成文堂、2002)のつづき。 イギリスの場合も土地・建物は一体であり、さらにこれに付着して運命をともにするモノを fixture、そうでないモノを fitting(もしくは chattel )と区別する。前者は単独では動産であってもそ…

superficies solo cedit

水曜の夜にマック(白いMacBook)が起動しなくなり、翌日持ち込んだショップからの連絡でハードディスクの死亡と判明(データ救出を依頼)。その翌日は自分自身が風邪を引き、今日も駄目。このところの無理がたたったかな。今日は重いまぶたを何とか半開きに…

モノ・身体・日本(?)

下記3冊を読んだ。 中村拓志『微視的設計論』(INAX出版、2010) 藤本壮介『原初的な未来の建築』(INAX出版、2004) 中山英之『中山英之/スケッチング』(神戸芸術工科大学レクチャーシリーズII-3、新宿書房、2010) 3冊とも真摯に身体とモノとの新しい関…

「地割」について

加藤雅信『「所有権」の誕生』(三省堂、2001)を読んだ。遊牧民とか、日本の木地師(木地屋)とか、所有権発生以前、あるいは所有権を超える人々にもふれながら、その成立根拠を人類学的に考えたもの。読んでてちょっと発見だったのは、「地割」という言葉…

建築史学54号とどく。

建築史学会の『建築史学』第54号(2010年春)が届きました。下記2本書いてます。 新刊紹介:内田祥士著『東照宮の近代』(ぺりかん社、2009) 学会短信:東アジア建築文化国際会議(台南2009)参加レポート 『東照宮の近代』はすでに多くの読者を得ていると…

新建築住宅特集とどく。

2010年5月号が届きました。今回は「エッセイ:住宅を読む」(前号感想+時評)、次号は「コラム:近作を訪ねて」(近作訪問)。この繰り返しで1年間担当します。建築雑誌2010年3月号特集「ナイーブ・アーキテクチャー」でも取り上げられていたように、この…